【私生活で起きた母としての大失態!から一変した奇跡というお話】

いつもは自律神経の乱れや不調からどう抜け出していったかというお話が多いこのブログですが、今回は、私の日常で起こった「ちょっと不思議な奇跡のお話」をお届けしたいと思います。

「ふと思い浮かべた人から、久しぶりに連絡が来た」 「いつもと違う道を歩いてみたら、思わぬ素敵な出会いがあった」 「神社に寄り道したら、心のもやもやに対してメッセージがきた」など。

皆さんも日常の中で、そんな偶然の一致や直感を感じたことはありますか?

1. 母業に奮闘の日、連れてきてくれた小さな奇跡

忙しい日々を過ごしていると、私たちはつい「頭(思考)」で物事を決めがちですよね。効率よく動くこと、計画通りに進めることばかりに意識が向いてしまいますよね。

今回は母業と仕事に追われた私の、ある一日。母としての大失敗を回避することが出来た小さな奇跡のお話しです。

その日は、夕方から娘の習い事があり、しかも遅れてはいけない大切な日でした。習い事には入ったばかりで、私もまだ要領が掴めておらず「とにかく時間に間に合うように送り届けなければ」と思っていました。ですがその日は仕事が忙しく長引いてしまい、急いで預け先の娘の所まで迎えに行き、ピックアップをしてから、習い事へ送り届ける、というスケジュール。なのに間に合わない!と焦っていました。早く向かわないと。しかもその日は雨で道のりも長くかかり。更には娘の習い事に必要な物を取りに、一度家に帰らなければいけない状況です。

2. 母として大失態!娘が足を怪我していたことを忘れていた!

娘を時間通りに習い事まで届けなければ。その一心でいましたが、忘れていた大事な事がありました。実は、娘は前日の夜、お兄ちゃんと遊んでいる最中、ふざけて笑い合ってたのが一変。急に大泣きし、晩ごはんの支度をしている私のところへ来ました。泣き方から、これは心配なやつだと察した私は、慎重に様子をうかがうと、足の甲を思い切り踏まれた形になってしまい、とても痛がっている様子。頭ではないし、大したことになりませんように。と願いながら朝を迎えたのですが、なんと足の甲が、今からとても腫れ上がるだろう、という雰囲気の膨れ具合と、うっすらのあざ。まずいなと思いながら、朝は、学校へ娘を送ることにしましたが、歩いて向かっている途中にびっこを引き、何だか痛々しい様子。学校へ送り届けた私は、怪我をしたことで、その日、学校で起こりそうな事が気になり始め、、、体育が大好きな小学校2年生の娘が、今日は見学しておこう、などと自分で判断できるだろうか。無理をしないかな。様子を見れるように先生に一報しておくべきか。それに何かあった時に、学校に伝えておいたほうが、学校側にも二度手間を取らせずに済むかなと思いました。そうして電話を入れ、一連の事をお伝えしたのですが。先生に丁寧に話を聞いてもらった事で、私は安心してしまい、電話を切ったあと直ぐに、頭の中は完全に仕事モードに切り替わっていました。それから、仕事も終わりに近づき退勤間近になった時、今度は、遅れてはならない習い事に、娘を送り届ける事で頭の中はいっぱいに。完全に怪我の事を忘れてしまいました。

3. なんと偶然通りかかったタクシーのおかげで大失態を回避!

そんなこんなで、怪我のことを忘れたまま、「習い事へ時間通りに送ったら、今日の私の最大のミッションは終了!そして晩ごはんは何にするかな。」なんてことを考えていました。それから娘の預け先に、早足で向かいましたが、時間が怪しくなってきました。「あー間に合わないかもな。」と焦りを感じ始め、おまけに今にも雨が降り出しそう。もう頭の中は、習い事への遅刻を何とか回避しなければという思考に。「娘が預け先から出てきたら、頑張って早歩きで向かえば間に合うかな。いや、走ってもらわないと間に合わないな。あーどうしよう早く早く!」完全に焦りが増していきました。

そんな時、タクシーが通りかかりました!私はとっさに、「娘をピックアップしたら、このタクシーでそのまま習い事へ向かおう!」そしてタクシーに乗り、数分で娘の預け先に到着。「ここで止めてください、いま娘を連れて、また戻ってきますので!」と伝えて、タクシーに表で待っていてもらい、「早く出てきて、遅い!」と、言わんばかりの私が目にしたのは、朝よりももっと歩けずに、びっこを引き、ゆっくりとしか歩けない足取りで、廊下の奥からこちらに向かってくる娘の姿でした。

その時、私は、あー私って最悪だわ。娘の怪我を忘れるなんて本当に最低。さっきまで「走って向かおう」なんて思っていた。母親失格だわ。と、かなり落ち込みました。でも次の瞬間に「ちょっと待って!タクシーで向かう事が出来るんだった」偶然通りがかってくれた事に感謝が湧き上がってきました。

それから、思った以上に歩けない娘とタクシーで習い事へ向かうことが出来ました。しかも雨に濡れることもなく、走らせることもなく。それに習い事に間に合うことも出来て、無事に事なきを得ることができました。次の日、足はとても腫れ上がっていましたが、病院で診てもらい「折れていないので様子をみてください」とのことに一安心。現在は何事もなかったように走り回っています。

あの時、目の前に現れたタクシーという奇跡は、何を意味していたんだろうと思うと、思考がやるべき事ばかりに追われて、意識が未来のことばかり考えている。そうすると大切なことを忘れてしまう。意識が向かう先は現在なんだ。というところへ引き戻してくれたんだなと思いました。

それに日常にある小さな奇跡や、温かいご縁に感謝して周りを大切にしないとな。と改めて思う体験でした。

心と体をつなぐヨガ

chiharu