身体はこんなに苦しいのに、人間ドックに行っても『問題ありません』と言われる。安心する一方で得体の知れない何かに、恐怖を感じていました。 病名がつかないからこそ、余計に『現在は出ていないだけで、また夜出てくるんじゃないか。今回の検査では見逃されているだけなのではないか。もっと深い部分で身体がおかしくなってしまったんじゃないか』とネガティブがより一層膨らみました。

不調がピークの頃の私は、常にそんな「名前のつかない不調」と、得体の知れない恐怖の中にいました。
今回は、原因のわからない苦しさから過去の体験と、ヨガや東洋医学の学びに出会うことで、その不調をどう受け入れ、安心感へと変えていくことができたのかについてお話しします。
1. 「異常なし」だからこそ増していく、言葉にできない恐怖
息が浅くなり、胸がざわざわとしていて、喉が締め付けられるような感覚が常にありました。そして酷い時は、急に心臓がドクドクと打ち始め、身構えてしまう日々。
けれど、病院に行って検査を受けても、返ってくるのは「検査結果に異常はありません」「自律神経の乱れですね、ストレスを溜めないようにしてください」という言葉でした。
「こんなに苦しいのに、どこも悪くないっておかしいのでは?」 「理由がわからないのが本当に辛いな……」
そして「名前」がつかない不調は、周囲にも理解してもらいにくい事でもあります。(私の場合はですが!)端から見ると普通に見えるからです。普通にお腹もすく、普通に歩ける、普通に話すことも出来る。不調には波があるのです。さっきまでは、全く問題なかったのに急に不安が襲ってきたり、動悸がしたりしました。それを繰り返しているうちに、強い孤立感だけが残る感じもありました。「はっきりした原因がない」ということ自体が、一番の恐怖でした。
2. 東洋医学の「未病」と、ヨガが教えてくれた身体からのメッセージ
そんな出口の見えない暗闇から抜け出すきっかけをくれたのが、ヨガと東洋医学の学びでした。
東洋医学では、病気ではないけれど健康でもない、身体がバランスを崩しかけている状態を「未病(みびょう)」ということを学びました。同じ症状でも、体質や持っているエネルギーなどは人それぞれ。特徴も異なります。学びを得てからは、検査の数値には表れなくても、目に見えない「気(エネルギー)」の巡りが滞ったり、季節の変化やストレスによってバランスが揺らいだりすることは、ごく自然なことなんだという学びを得られたことは、とても大きな事でした。
それを知れることで救われる思いがしました。
それに何よりヨガの学びは身体を使った、身体からのアプローチで、呼吸、ポーズ(アーサナ)で身体という「器」を整えることの大切さを学びました。あのまま寝てばかりいたら得られなかったことでした。波があるのは決して悪いことではなく、ヨガで学んだことは「観る」ということでした。動悸がしている。その事を、ただの一つの事実として観る。もちろん上手くいきません。怖いし、ネガティブな想像は果てしなく膨らんでいくからです。ですがヨガでは訓練をしていきます。それは力になっていくんだなと実感していきました。キツイポーズの時、瞑想で足がしびれて心地よくない時、もうやめたい時、もどかしい時、自分に全く自信が持てなくなった時。本当に少しずつですが自分なりに小さな小さな経験を重ねて、それでもやってみるを続けてみます。小さな養生を重ねていくように、いろんな事を試してみて気が付いたら不調が改善していました。
理由がわからない恐怖から、「今の自分の状態を少しずつ観察して、起こった名前のない不調をただの事実として観てみる」という選択ができるようになっていきました。
3. 名前のつかない不調のまま、自分に寄り添う時間を
「名前のつかない不調」を抱えていると、どうしても自分を責めたり、一人で抱え込んでしまいがちですよね。
澄んだ空気の中で、とにかく身体を動かして呼吸をしてみる。
エネルギーを身体に巡らせていきましょう。
心と体をつなぐヨガ chiharu

