こんにちは。目まぐるしい日々の中で、気がつけば不調になやむ日々が始まりました。中でも不快だったのは「喉のつまり」です。

他にも沢山の身体の反応があったのですが「喉が閉まって苦しい感覚」がひどく、それが苦しいと感じると呼吸までも苦しくなり、不安感が一気に増していきました。まだ自分でもなぜこんなにも急に身体の様子がおかしくなったのかが良くわからない時、人間ドックをしても結果は異常なし。それが逆に怖くて、心療内科にもかかったのですが、そこで「喉のつまり」は自律神経の乱れの典型的な症状であることを聞かされました。
今回は、そんな「自律神経の乱れ」という、これまで平凡に生きてきた私が、この正体不明の怖さにどう対処したらよいのか分からず、もがいていた時に出会ったヨガで、助けになった哲学のお話しです。ピークに不調だったときからどのようにして回復していったのか、聖典『ヨーガ・スートラ』が説く「アビアーサabhyasa(修習)」をどう取り入れたのかをお話します。
目次
- 自律神経が壊れるまで
- ヨガの本質:心の波を静めること
- アビアーサabhyasa(修習):揺るぎない土台を作るための継続
1. 自律神経が壊れるまで
仕事でも家庭でも責任ある立場に立つことが多くなり、特に(自分で言うのも何ですが)バカ真面目な気質を持つ私は、「もっとやらなきゃ」「もっと頑張れる」と自分を追い込み続けていました。
しかし気が付いたら頭の中が常に思考でいっぱいに。過剰なストレスでした。仕事では頼まれてもいないのに、自分の役割を増やしたり、まとめたりしようと試みたりしていました。その反面ただ意見をもらっただけなのに否定されていると過剰に反応してしまうように。イラッとしたり、落ち込んだりしていました。そうなると言い返す言葉を常に頭に描いたりして、眠れなくなることも。そんなこんなで頭の消費エネルギーがとてつもないことに。交感神経を常に優位にさせ、心身を「戦いモード」にしてしまいます。心という強力な機能が暴走し、乗りこなせなくなったような状態。その頃から少しずつ始まった巨大な不安感は自律神経の乱れのサインだったのかもしれません。
2. ヨガとは心の波を静めること
そんな中で出会ったのが、ヨガの根本聖典『ヨーガ・スートラ』です。その冒頭に記された一節、
Yogaś citta vṛtti nirodhaḥ(ヨーガ・チッタ・ヴリッティ・ニローダハ)
──心の作用を止滅することがヨガである
ヨーガ・スートラ1−2
ヨガは単なるポーズの練習ではなく、「心の波を静めるプロセス」そのものでした。マットの上で自分の呼吸に意識を向ける時間は、暴走していた交感神経を鎮め、副交感神経を優位にする、心身を「再起動」してくれる時間となっていきました。ヨガスクールで学んだことで快適にポーズが取れるからこそ得られる深い呼吸。そこに身をを委ねる感覚は素晴らしく、解放的な至福感を味わう体験もできました。
3. アビアーサabhyasa(修習):私という土台を作るための継続
自律神経の乱れは、一時の練習で整うものではありませんでした。ここで私にとって、
とても重要になったのが、ヨーガ・スートラという聖典が説く「アビアーサ(Abhyāsa / 修習)」という教えでした。
Tatra athitau yatno,bhyasah.
──これら二者のうち、心に不動の状態をもたらそうとする努力が、アビィアーサabhyasa修習である (第1章13節)
Sa tu dīrghakāla nairantarya satkāra-āsevito dṛḍhabhūmiḥ
──修習は、長い間、休みなく、大いなる真剣さをもって行われるとき、堅固な基礎を持つものとなる(第1章14節)
不調が身体に出てきた時は、手が怖くて震えたり、呼吸が浅くなったり、動悸がして立てなくなったりと、恐怖に負けてどんどん陥っていきました。家族から見ると、普通に起きて普通に食べれるし、そんなに見たに目は分からないと思われていたと思いますが、自分自身は明日から私は普通に生きていけるのかなという不安感と常に戦っていました。どんどん逆の方向へと集中力を高めていったという感じでした。そこで出会ったヨガやヨガ哲学。「アビアーサ」とは、単なる反復練習ではなく、自分自身の土台を作り直すぞという強い意志と敬意を持って継続することなんだと理解出来ました。とはいえ「心の止滅がヨガ」といっても、そんな身体の反応を前に、心がいつでも波立たずに中立でいるなんて私に到底無理だと思いました。それが少しずつ学んでいくと、解脱の境地なんてそのような高い目標はさておき、今の私にも取り入れることが出来るのではと思うように。聖典の言葉が話しかけてくるようで気になる存在に。まずは自律神経の悩みから心が解放される訓練をしたいと願うようになりました。それと同時に自分という土台作りを改めて行うように考えを固めていきました。ポーズにき合うと呼吸が深まる感覚があり、少しずつ身体が整っていくと身を委ねることが可能になり至福感を感じられる場面も。まだまだ出来ないポーズは沢山あるし、知らないポーズもたくさんあります。でも大切なのは自分の土台作りです。大いなる真剣さで、休まず、ずっと続けた先に自律神経の悩みどころか、心を突き動かす強力なグナ(この世界、物質世界の要素)にも揺れ動かないでいられるように、少しずつ近づいていけるように願いたい。意識は下ではなく上を向いていきたいと思っています。
調子が良い時も、悪い時も、この「長い間、休みなく、熱意をもって」という教え。訓練すると決めても思うように出来なかったり焦ってしまうこともありますが繰り返し繰り返し。目標を与えられ、気が付いたら余計な思考の渦が少しずつ減っていく感覚もあります。と言っても、そう簡単ではないことは分かっています。私も現在はプラティクスに励めていますが、起きれない時期もありましたが、ネガティブに囚われることがなくなってきました。自律神経の悩みに今の段階であっても効果的だと思っています。
おわりに
集中の先に恐れがあるのではなく、どうか堅固な自分の土台を作りの道に、熱意ある集中エネルギーが向き、アビアーサabhyasaが助けとなりますように。一歩ずつですね!
心と体をつなぐヨガ chiharu

